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徳島地方裁判所 昭和32年(モ)395号 判決

判   決

債権者

池上貞雄

右代理人弁護士

岡田洋之

債務者

神原恒三郎

右代理人弁護士

木村鉱

右当事者間の仮処分決定に対する異議事件について当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件につき当裁判所が昭和二十八年十月二十三日なした仮処分決定を認可する。

訴訟費用は、債務者の負担とする。

事実

債権者代理人は主文と同旨の判決を求め、その理由として、

一債権者は、昭和二一年春頃より債務者と共に出資をなし鰯船曳網漁業を共同で行う事を目的とする任意組合鰯船曳網漁業豊漁丸組合を組織し、債務者は石炭商であり債権者は漁業者であるため、その組合業務の執行は債権者がこれにあたり、右組合の事業を営んでいたが、昭和二四年十一月右組合はその事業に使用していた漁船を他へ売却したので右組合は目的たる事業を失つたので自然解散するに至つた。この場合別に清算人を選任しなかつたので民法の規定により債権者及び債務者の二名、すなわち総組合員でその清算人の職務の執行に当ることとなつた。

二しかして右組合事業を営んでいた昭和二十二年七月二十五日債務者は寸借として金二十万円貸与方申入れたので右組合の資金中から貸与し、次いで同二十三年十二月十九日前同様金二十万二千五百円の貸与をしたが右二口合計貸金の内へ債務者は金十万円の内払をなし、なお金二十五万二千五百十円の残金がある。その後同二十四年十二月頃債務者の懇請により右組合資金中金三十万円を前同様寸借名義により債務者に貸与した。以上合計金五十五万二千五百十円につき債務者は右組合に対し債務を負担している次第であるが債権者がしばしばこの支払を請求しても支払に応じないばかりでなく、後記右組合の他の債権の取立に対しても共にその職務の執行をしないもので、これにより自己の支払を遷延しようとしている。

三そして昭和二十四年十一月右組合の事業用の鰯船曳網漁船の売却代金二十万円を鳴門市撫養町林清に、徳島市福島町木下某に金二十万円を預けてあるが債務者はこれが取立に協力しない。右林清に対しても前記金二十万円の寄託金返還請求訴訟を当庁に提起したが、債務者がその訴提起に反対し協力しないため、債権者のみの訴訟であるとの理由で敗訴した。

四以上の次第で右解散組合の清算事務も遅れているので早急にその清算を進行いたすべきであるのに、右清算事務の進行は債務者の債務の支払をしなければならないのに債務者はこれに協力せず故意に清算事務を妨害し組合に損害を加えている次第である。

五そこで債権者は債務者に対し、清算人解任請求の本案訴訟を提起しようと準備中であるが、永久に右組合の清算は進行しないので重大な事由あるものとして債務者の清算人としての職務の執行を停止し、職務代行者を選任されたく本件仮処分申請に及んだ旨陳述し、

債務者の主張に対し「債務者主張事実中債務者に利益分配をしたとの点は否認する。本組合は実質の事業活動が短期間であつたため一度も損益の計算をしていない。債権者が不法目的で仮処分申請をしたとの点は否認する。

一民法に規定する組合は、各組合員の個性を認めつつ一方においてその個性を大幅に削減して内部的にも対外的にも団体性を保持しているのである。例えば内部的には業務執行における多数決、清算前の組合財産の分割の禁止、除名制度、清算制度等又対外的には組合に対する債務と組合員個人に対する債権の相殺禁止等において団体性が明確にあらわれている。この団体性は本件のように最初から組合員が二名であると三名以上であるとによつて性質を異にするものではない。なるほど組合員が二名きりの場合、除名ということはあり得ないが、除名という制度は組合の同一性を維持し、かつ、組合を存続させることを前提としこの障害となる異分子を排除するためのものであり、他方組合員が一名になつた場合、組合は当然消滅するのであるから組合員が二名きりの場合意見の不一致があれば民法第六百八十三条の解散請求又は解散の合意によつて処理すべきで除名或いは脱退のような組合存続を前提とする方法とか双務契約解除の方法によることはできない、従つて二名きりの組合の場合除名の規定が適用されないからといつて清算の規定の適用の有無を論ずることはできない。

二民法第六百七十条第一項によれば組合の業務執行は多数決で決する旨規定されているが、組合員が二名きりの場合であつても右条項は適用されるものと解すべきで、組合員の意見がことごとに対立して事業の執行が全然できない場合を解決する方法としては解散請求によつて処理すべきである。

三民法第六百八十五条第二項、第六百八十六条も組合員が二名きりの場合にも適用されると解すべきである。

四清算人の意見が同級の二派に分かれた場合の解決方法として民法には何等規定がない。しかし過半数が得られない限り何もできないとすれば、清算人がことごとに意見が対立した場合、清算は永久に進行しないのみならず組合の債権は時効消滅し、財産は処分の時期を失して無価値となる等組合員全員が多大の損害を蒙ることも起り得る。もし清算人の一方の派が不正な利益を受け、又は故意に任務を怠つて組合に損失を与えても、他方の派は手を拱いて損害を甘受しなければならないとすれば、法の目的とする正義衡平は失われ、社会秩序は維持できなくなるであろう。民法によれば、組合が解散となつた場合は必ず清算をしなければならないのであるから清算人の意見が可否同数に分れた場合の解決規定がないからといつて清算をしないで放置することは許されない。よつて他の法令を類推適用して清算が遂行できるよう理論構成しなければならない。組合の団体性よりみて参考すべき規定は民法中法人に関するものと商法中組合に最も性質の近い合名会社に関するものとである。商法第六十八条、第七十条、第百二十一条、第百二十八条などは民法上の組合と類似点が多いが更に重要なる事由あるときは利害関係人は清算人の解任請求を裁判所に請求することである。(同法第百三十二条)又民法上の法人の清算人の解任についても同様の規定があり(民法第七十六条)株式会社においては請求権者は株主に限られているとはいえ同様清算人を解任し得る規定がある(商法第四百二十六条)。よつて、これらの規定を類推適用して組合の利害関係人は清算人の解任を裁判所に請求できると解さなければならない。その請求の方法として、合名会社、株式会社及び民法上の法人の清算人の解任は非訟事件であるが、組合の清算人の解任請求は非訟事件手続法には規定されていないので、訴を以つて請求すべきものと考える。

五ところで合名会社と民法上の法人については清算人解任請求の場合の仮の処分について何等規定はないが、商法第三百三十条第二項で準用する同法第二百七十条によると、株式会社の清算人解任の請求がある場合、裁判所は当事者の申立により仮処分を以つて清算人の職務執行を停止し又はこれを代行する者を選任することができるのであつて、この規定の精神は清算人解任一般の場合にあてはまると解されるから、組合の清算人解任請求についてもかかる仮処分が許されなければならない。

前述のように組合は通常訴訟事件であるから本案係属前の仮処分が許されるべきものであると解する。

六民法第六百七十六条第二項により組合員は清算前に組合財産の分割を請求できない。又同法第六百八十八条、第七十六条により清算人によつて現務の結了債権の取立及び債務の弁済が完了しなければ、組合員は残余財産の分割請求は許されないので、右残余財産分割請求権を自動債権として自己の組合に対する債務と相殺することはできない。又同法第六百八十六条、第六百七十条により組合の債務者に対しては清算人一名のみの意思を以つて取立訴訟をなすことはできない。以上の次第であるから債務者主張の二名きりの組合が解散した場合の処理方法はいずれも法の明文で禁ぜられている。」と述べ、(疎明省略)た。

債務者代理人は「本件仮処分決定はこれを取消す。訴訟費用は、債権者の負担とする。」との判決を求め、「債権者主張の仮処分理由一の事実は認めるが二の事実は否認する。債権者は本件組合事業執行中その利益分配金として債務者が配当を受けた金員を無断で勝手に組合より債務者に貸金したと不法な主張をなすものである。そしてあくまでこの不法主張をなし債務者が当然有する民法上の権利を実質上剥奪するため不法に本件仮処分申請をするものであるが、本件仮処分決定は以下の理由により法律上許すべからざをものであり、又その後の事情の変更によつて当然取消さるべきである。

一二人のみより成り立つている民法上の任意組合清算の場合、別に清算人として組合の選任委任した清算人なくして民法の規定により組合総員すなわち二人が清算人となつている場合には商法第二百七十条株式会社清算人に関する規定が適用又は準用することはできない。すなわち、

(一)  まず二人のみの組合において組合業務存続中はその二人の間の意見不一致の理由により他の一名を除名できないこと。

(二)  組合業務存続中に組合契約を以つて業務執行者を選任委任しておいた場合、その委任契約の解除解任のみをするについても他の組合員の一致あることを要すること。

(三)  民法上の組合の業務執行者株式会社の取締役や組合解散後の清算人についても委任選任されたものについてのみ解任の規定があるが、本件組合の債権者、債務者の清算人たる地位は組合契約において委任選任されたものではなく法律上当然に就任し、本来組合員として又契約当事者として有する固有の権利を行使するものであるから、解任ということは絶対あり得ないこと。

二右の次第であるから、本件仮処分申請の前提として清算人解任の本案訴訟は法律上提起できないものであるから、本件仮処分申請は許すべからざるもので、これを許容した本件仮処分決定は速やかに取消さるべきである。

そして、本件、債権者債務者間の清算方法は左の方法によつて適法に処理できるのである。本件組合というも実質上は二人のみの有償契約であるから、組合としては第三者に債務負担することは全然なく唯二人のみの財産分配及びその計算に紛議があるのに止り、組合に対する第三者の債権者は一人も存在しない。故に民法第六百七十六条第二項の規定によれば、組合員は清算前に組合財産の分割を求め得ないが、本件ではすでに清算中であるから、その清算方法としては林清に対する債権財産は平等に分割請求し、二人の損益を計算し取分あると思料するならば他の一方に債務履行を請求すればよいのであつて、清算人代行者選任仮処分という如き法律上の必要はない。

三仮に代行者を選任したとしても、代行者との関係は代理人又は法定代理人であるとみるべきであるから民法委任の規定を類推適用すべきであり、その代行者が本人に対し訴訟行為を以つて金銭を取立てて本人に交付するという如きは無意味であつてかかる目的遂行のための仮処分は許さるべきでない。

四代行者を定める規定は、商法第二百七十条に存するのみであつて、この規定は民法上の組合に適用もしくは準用される余地なく、仮に類推適用されるとしても本件組合の如く二人のみの一方の当事者を解任しもしくは、その権利を停止することは法律上許さるべきでない。

五非訟事件手続法第三十五条も右の根拠とはなり得ない。

六民事訴訟法上仮の地位を定める仮処分は、その地位そのものについて争のある場合に適用があるものであつて、本件の場合のように一対一の平等の権利者が対立する場合相手方の権利を喪失もしくは停止制限するような仮処分は許さるべきでない。」と述べ、疎明とし疎乙第一ないし第三号証を提出し、(疎明の認否援用―省略)た。

理由

一債権者主張の仮処分申請理由一の事実は当事者間に争いがない。

二(疎明―省略)を綜合すれば、本件組合が債務者に対し債権者主張の如き貸金債権を有すること、債務者はこれを争い現に訴訟中であることは(疎明―省略)によつて一応認めうる。その余の債権者主張の仮処分申請理由事実は債務者の明らかに争わないところである。

三そうすれば本件組合の清算はいつまでも終了しないことになるから、組合ないし組合員に対し損害を与えるおそれが充分であるというべく、商法第百三十二条第二項、第四百三十条第二項、第二百七十条等の規定を類推適用し、利害関係のある債権者は訴を以つて債務者の解任請求をなしうるものというべく、これが保全処分として清算人である債務者に対し本案確定まで本件組合の清算人としての職務の執行を停止し、これが代行者を選任する必要があるものというべきである。そこで右と同趣旨の本件仮処分決定を認可することとし、民事訴訟法第八十九条を適用の上、主文のとおり判決する。

徳島地方裁判所民事部

裁判長裁判官 依 田 六 郎

裁判官 藤 原 達 雄

裁判官丸山武夫は転任のため署名押印することができない。

裁判長裁判官 依 田 六 郎

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